関川の大したもん蛇祭りへ行こう!大蛇伝説とは?ギネス認定とは?

右手の拳を挙げる笑顔の女性の様子
新潟県と山形県の県境に関川村という村があります。

そこでは、毎年8月の終わりに『大したもん蛇まつり』というお祭りが開催されます。

関川村に伝わる大蛇伝説と祭りの詳細を、この記事でお伝えしていきます。

関川の大したもん蛇祭りへ行こう!

夜空に打ち上げられた打ち上げ花火の様子
「大したもん蛇祭り」は毎年8月の最後の週末に執り行われます。

2日間の開催で、1日目は花火大会と盆踊りが行われ、2日目にメインイベントである大蛇パレードが開催されます。

「大したもん蛇祭り」2017年開催情報
8月26日(土)
花火大会 19:00
大盆踊り大会 20:00

8月27日(日)
大蛇パレード 9:30~12:00ごろ
福まき パレード終了後

アクセス
JR米坂線「越後下関駅」より徒歩で5分
日本海東北自動車道「荒川胎内IC」より車で15分

花火大会は前夜祭となり、ナイアガラや10号玉連発、スターマインなど400発の花火が打ちあがり、翌日の大蛇パレードを盛り上げます。

祭りの見どころである大蛇ですが、この祭りを語るにはまず村に伝わる伝説を知ることからです。

関川村に伝わる大蛇伝説をご紹介しましょう。

関川村 大蛇伝説とは?

その昔、村には猟師の一家(父母娘)が住んでいました。

ある日狩りに出た父の忠蔵は、大きな大蛇を仕留めます。

それを味噌樽に入れ漬けていたところ、母オリノがそれを見つけ、あまりの良い匂いに全て食べてしまいました。

その後オリノは激しい喉の乾きに襲われ、川に水を飲みにいき、思う存分水を飲みました。

やっと落ち着いた頃、川面に映る自分を見てオリノは驚きました。

それは、たった今食べた大蛇の姿だったのです。

大蛇になってしまったオリノは、山へ逃げ込みました。

忠蔵は娘がオリノを探す泣き声で急いで味噌樽を確認し、全て平らげたオリノの身に何があったかを悟りました。

そして娘と二人、忠蔵はオリノを探す旅に出ました。

それから何年もして、村を1人の盲目の法師が歩いていました。

疲れたので岩に座り、琵琶の演奏を始めました。

一曲弾き終えた時、女の人の声で「もう一曲弾いてほしい」と言われ、驚きながらももう一曲弾いてあげたのでした。

その後、法師が女の人に近くに来て聞かないかと尋ねましたが、女は「私は訳があって大蛇の姿をしているから近くには行けない」と断りました。

法師は驚きながら、その女の身の上話を聞きました。

すると女は「体が大きくなりすぎて住む所がない。

川をせき止め水を溜めそこに住む。

法師様も早く逃げなさい。

ただしこの話は誰にも聞かせてはならない。

聞かせれば法師様の命は無い」と話し、何処かへ行ってしまいました。

女が住みかにしようとする場所には、村があります。

法師は一目散に村へ行き、村長に今あった出来事を聞かせ、そのまま命を引き取りました。

【蛇は鉄を嫌う】と言い残して。

村人達は総出で大蛇を探し出し、その体の周りに鉄の釘を打ち付けました。

それから大蛇は、七日七晩もがき苦しみ死にました。

村人は村を救って命を落とした法師と大蛇の供養の為に、祭りを開催します。

関川村はギネス認定されているの?

ギネス博物館のギネスのロゴ
また、昭和42年8月28日、関川村を含む羽越地方は大水害により多くの犠牲者を出しました。

そこで大蛇の大きさは、大水害の日に合わせて82.8mというサイズになりました。

この大蛇の大きさは、2001年のギネス認定となっています。

村内54集落があることから、大蛇も54のパーツと1つの頭で出来ています。

各集落が胴体を1つずつ作成しますが、まさに村民総出で作り上げます。

藁や竹などの素材でできているとはいえ、82.8mもあるため重さは約2トンにもなり、大人が約250名で担ぎ村内を練り歩きます。

まるで本当の蛇が歩いているような様子は、まさに圧巻の一言です。

まとめ

大したもん蛇まつりの大蛇パレードは、一度見たら忘れられないインパクトがあります。

役場前駐車場では、とぐろを巻く大蛇の姿を見ることが出来ます。

夏の最後の思い出に、ぜひ関川村へお越しください。

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